愚者の持ち物


 愚者の持ち物といえば杖と肩に担いだ天秤鞄と相場が決まっているが、ごく初期のタロットに関していえば話がちがう。ヴィスコンティ・スフォルザの愚者は棍棒を肩に担いでいるだけであるし、いわゆるグランゴヌールとなると一連の大きなビーズを手にしている。この持ち物に関しては "a necklace of oversized decorated beads" (Kaplan)  "a string of balls or beads" (Brian Williams) と解説されることが多いが、いまひとつ得体が知れない。そこで小生なりに考察してみようと思うのである。


Gringonneur Jacques Callot


 結論から言えば、これはやはり paternoster と呼ばれる数珠であろう。祈祷回数を数えるための小道具である。グランゴヌールの愚者の数珠は描かれている個数が14個、右手のなかに1個隠されていると推定すれば、これは150回をワンセットとするロザリオ祈祷の棒数珠と思われる。愚者は石を投げる悪童どもに対して巨大数珠を振り回して対抗しているのであろう。放浪者の類がこれみよがしの巨大数珠を着用している例として、ジャック・カロの「乞食図」(1622)を出しておく。

 ちなみにロザリオ祈祷が盛んになるのは1475年前後、いわゆるロザリオ祈祷会 The Confraternity of Rosary が創設されてからである。グランゴヌールの愚者の数珠をロザリオと見なすなら、製作年代推定の材料となるであろう。

 棒数珠は隠者の持ち物として描かれることも多い。タロットにおいても、エンシャン・タロ・ド・パリの隠者が棒数珠を所持している。この描写では手にする道具がランプや砂時計というよりは何らかの容器ないしジョッキ風である。これも物乞い系の雰囲気が漂っている。


Tarot de Paris St Anthony (?)


 棒数珠の描写は日本にも伝わり、隠れキリシタンのお掛け絵にも姿を現している。上に出した絵は生月に伝わる「御前様」である。一般には「洗礼者ヨハネ」を表しているとされる。手にしているものは水の描写であると考えられているが、小生はこれを棒数珠を手にした聖アントニウスであると解釈している。

 隠者と棒数珠と杖という組み合わせとしては、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵のファン・デル・ウェイデン作「読書するマグダラのマリア」(c1435)の背景部分が好例であろう。一部のみ現存のため、隠者の正体が不明なのが惜しまれる。


Van der Weyden detail


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