Inouye, Tsutomu
井上勤
(1850-1928)


☆ 明治から大正にかけて活躍した通訳者、翻訳家。

1850年、徳島の藩医の家に生まれる。語学の神童の誉れも高く、7歳にして英語を学び、16歳で神戸のドイツ領事の通訳となる。幕末は勤皇側として戦い、負傷する。
1881年、大蔵省に入省。1883年、文部省翻訳掛に移動。

英語、ドイツ語、フランス語、オランダ語、ロシア語、さらに6種類の中国語を習得していたといわれる。公務員時代から英欧小説の翻訳を発表し、明治初期の西洋文学紹介に功績大。のちに実業に転じるも成功せず、神戸界隈で外国人相手のガイドを行うなど不遇の日々を過ごす。
1928年3月、神戸にて死去。

1906年に来日したクリフォード・バックスが井上をガイドとして雇っており、そのときの模様を詳しく書き残している。いわく井上は「熱心な仏教徒であり、祖国の過ぎ去りし文明を愛する者であり、占星術と魔術の研究者でもあった」*1。井上の訳業にブルワー・リットンの『龍動鬼談』があるのは偶然ではなかったと思われる。 

バックスと井上は国籍と年齢の差を越えて意気投合し、さまざまな話題に関して意見を交換している。井上は記憶していた数十篇の漢詩をざっと英語に直してバックスに伝えており、それをバックスが詩形を整えて英国にて出版するなど、単なる観光客とガイドの関係を超えた交流であった。

1. Clifford Bax, Inland Far (London: William Heinemann, 1925), p.86.



主要訳書
ベルネ『月世界旅行』明治13年、二書楼。
リットン『開巻驚喜龍動鬼談』明治13年。
デフォー『絶世奇談魯敏孫漂流記』明治16年。
シェイクスピア『人肉質入裁判』明治19年。
ゲーテ『禽獣世界狐乃裁判』明治19年、春陽堂。


参考文献


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