ミニチュア本の話

この場合のミニチュア本とは、掌に乗るサイズで無理なく読める書物のことを云う。マッチ棒の先ほどのサイズで開くにも針先を用いるような極小本は「マイクロ本」と称し、今回のトピックでは扱わない。

そもそも印刷が盛んになる16世紀以前から、ミニチュアサイズの書物は需要があった。たとえば時祷書は、権勢誇示目的の嫁入り道具を除けば、だいたい小ぶりである。6センチ四方程度に細密画やフラワー・ボーダーをびっしり描き込んだ名品が現在でも多数残っている。婦人の持ち物と考えた場合、ばかでかい書物は基本的にアウトであった。「まめまめしきものいとあはれ」という感性は洋の東西を問わないといえよう。さらにいえば、時祷書や祈祷書、詩篇集という書物は、いわばカンニング・ペーパーの集大成ともいえる。本来ならば暗記すべき内容であるからだ。ゆえに大判のそれは大胆にして無作法ともいえるのであって、洗練された貴婦人ならば決して手にしなかったであろう。さりげなく袖に忍ばせておくのがたしなみというものであった。


印刷本の初期段階にあっては、ミニチュア本は極小活字や印刷製本の困難も手伝い、おいそれと手を出せる分野ではなくなったようである。この分野に再び流行の風が吹くのは18世紀に入ってから、ルビ型よりも小さいダイヤモンド型活字等が一般に使われるようになってからであり、また識字率の向上および既読書物の増大がもたらした効果であった。ミニチュア本は長時間の通読対象ではなく、ゆえに新刊の印刷媒体には向いていない。小さな版型に極小活字で印刷されるべきは、読者が熟知している内容であり、具体的にいえば聖書あるいはシェイクスピア全集であった。この二者はミニチュア本の十八番として今に至っている。19世紀も後半になれば、ミニチュア本を専業とする出版社も登場し、豪華な装丁を誇る全集ものが次々に登場している。



左下の赤茶色本は1925年頃に出たニッカボッカ・シェイクスピア全集『テンペスト』と『お気に召すまま』。
左上緑装丁は1904年ブライス&サン社“エレン・テリー・シェイクスピア”『ハムレット』と『夏の夜の夢』。
右側は1996年アンドリュース&マクミール社“タイニー・トームス”の『魔女』と『詩篇集』。




さてこのミニチュア本の世界に魔法関係が存在していないか、それが当博物館の関心である。小生はかつて18世紀中頃にドイツで作られたと思しき「シジル集」を目にしたことがある。7cm×10cmほどの手帳であり、赤、黒、青のインクを用いた手描きの代物だった。あれに相当するもの、あるいは好事家向け出版物としてのミニチュア奥義書が出ていなかったか、それが知りたいのである。バーレットの『術士』の出版が1801年であり、ピカリング・シェイクスピアの登場が1835年であることを思えば、どこぞで少部数が印刷製本されて高値で売買されたとしても不思議ではなかろう。


とりあえず小生は慣れ親しんだ19世紀末から出発し、次第に網を広げていきたく思っている。はたしてミニチュア本の世界に魔法魚が潜んでいるか否か、潜んでいなかったとしても小生の玩物喪志はそれなりの形で満たされるのである。


タイニー・トームスの『詩篇集』。まさに時祷書の末裔といえる。


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