黒山羊と四人の赤い修道士

 クロウリーの伝記としてもっともベーシックな作品はジョン・シモンズの The Great Beast (London: Rider, 1951) となるでしょう。初版刊行時は関係者多数が存命中であったため、多数の仮名やぼかしが用いられており、その点で隔靴掻痒の感が否めませんでした。それは著者も同感であったらしく、1971年に増補改訂版がMacdonald から登場。初版時より三割増量しており、一部を除いて関係者も実名明記となりました。しかし問題は三割増量の中身だったのであります。

 新たな書き起こしも面倒だったのか、シモンズは1958年に出していた The Magic of Aleister Crowley (London: Frederick Muller, 1958) から適切な章を移植しています。それが約100頁分にも及んだため、GB増補改訂版の登場とともにミュラー本は存在意義が半減した、あるいは半減したと見なされてしまったのです。

 で、肝心のミュラー本であるが、これが面白いのです。シモンズがクロウリー晩年の詩集『オルラ』の出版にかかわってどえらい目に合わされるくだりなど、およそ他では読めない内容ですし、ダストジャケットからして凝ってます。このファイルのタイトルにもなっているクロウリー作の絵「黒山羊と四人の赤い修道士」をベースにした、なかなかお洒落な代物です。ミュラー本自体、さほど部数が出たわけでなし、まして当時のダストジャケットなど破損を経て廃棄されている可能性が高いでしょう。後世の参考のために小生蔵の現物をお見せします。

Jacket of The Magic of Aleister Crowley

正式には Four Red Monks carrying a Black Goat across the Snow to Nowhere なるタイトルだそうで。裏表紙はサイード・イドリース・シャーの『魔術秘伝』の宣伝文であるから、時代が感じられてよろしい。

 ちなみにマクドナルド版GBの刊行以来、クロウリー関係の出版が相次ぎましたが、そのなかには同人誌レベルの小規模パンフが目立ちます。もともとクロウリー自身そういった小規模パンフを製作してばらまくことが多かったせいもあり、他の魔術作家には見られない特徴のひとつといえましょう。小生とて、意識的に集めたわけではないのに実に多数のクロウリー系小冊子、ブックレットの類を所有しております。とりあえず面白いところを二三。

 左は「便所の落書き的猥褻詩」と悪名高い Leah Sublime を収録したもので、版元は住所すら記さぬ Panic Press であるから推して知るべし。1983年春分刊行、222部限定の188番。

 右はクロウリーのエッセイ「切り裂きジャック」、奥付には1988年ケンブリッジ私家版とだけ記されてます。切り裂きジャックの犯行百周年を記念して出版とのことで、100部限定の43番。

 オカルト書店のレジの近くにこそっと並べられ、こそっと売れる代物です。


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