占術




黄金の夜明け流タロット占術


 そもそもオリジナルの「黄金の夜明け」団(以下GD)ではいかなるタロット占術を行っていたのか。

 団のタロット文書である「Tの書」には“Opening of the Key” と称する一連の手順が紹介されているが、これが複雑を通り越した怪奇ともいうべき代物であり、あれを毎回行っていたとは到底考えられないのである。詳細を知りたい物好きな方は『黄金の夜明け魔術全書』下巻を参照のこと。

 で、結論から言ってしまうと、元祖GDでもっぱら行われていたタロット占術は、ずばり「ケルト十字法」である。これはウェイトが1910年に『タロット図解』で発表したものであり、現在でももっともポピュラーなスプレッドであろう。

 ブロディ−イネスが1919年に『オカルト・レヴュー』誌に寄せた文章にいわく「ウェイト氏が紹介した最初のレイアウトは私も長年親しんでいるものである。フロレンス・ファーも時々使用していた」とのことである。そもそも“ケルト十字”なる言葉からしてヒントなのである。オカルト関係者は“薔薇十字”なる言葉を使いたくないとき、ケルト十字で代用するのだ。

 さらにGDのメンバーは、ケルト十字法で占術を行う場合、カードの意味等はマグレガー・マサースが1888年に発表した『タロット』というパンフレットを参考にしていた。

 ちなみにマサースもかなり乱暴な記述を展開しており、いわく「占い用のカードを準備するには、カードの上の余白に正位置の意味や数値を書きこみ、下の余白には逆位置の意味を書くべし」とのこと。現在に伝わるGD団員所蔵のタロットの多くに、この指示をそのまま実行したものが見受けられる。

 なお、GDで採用されていたタロットはイタリアから輸入した多色石版刷りのものであった。団員は数セットを購入し、占術用、霊視用と使い分けていた。


クロウリー流タロット占術
クロウリーはケルト十字法を好まず、もっぱらスキップカウントによる五枚読みを行っていた。この方法ではまず中央に1枚、続いて右に1枚、左に1枚と三枚を展開し、流れを読むのである。



 続いてスキップカウントが始まるのだが、このあたりは少し丁寧に解説しよう。

 手持ちのカードから2枚を追加するにあたって、すでに展開されているカードをもとに一定枚数スキップして展開するのである。スキップ枚数はカード別に規定されている。


カードの種類 カウントする枚数 その根拠
エース 五枚 四元素と霊の合計
王女 七枚 マルクトの七宮殿の数
他のコートカード 四枚 聖四文字
数札 その数 セフィラ
惑星対応大アルカナ 九枚 七惑星と竜頭竜尾の合計
十二宮対応大アルカナ 十二枚 十二宮の数
元素カード 三枚 アレフ、メム、シン


上に並べた三枚を例にとると、2のカードは『月』、属性は双魚宮であるから、手持ちのカードを数えて12枚目を横に並べるのである。
 3のカードは『杯の女王』であるから四枚カウントとなる。




 リーディングの実際に関しては、基本的には1のカードが占術対象、2と3が付帯状況、4と5は臨機応変に判断する。

 たとえば上記の展開で「わたしは悩める徐福です。皇帝の命令で不老不死の秘薬をさがすはめになりました。どうしましょう」などという相談を受けていたとする。

 1の愚者はまさにあてのない旅を表し、その向かう先に杯の女王、そして剣の王女。愚者の背後には月、および杯の5。ざっと見たところ、時間の流れは右から左であろう。すると4のカードは遠い過去となるわけで、杯の5の意味は称号は「快楽のなかの損失」。

 リーディング結果 : 房中術で疲労した皇帝が気まぐれを起こしているのであり、このままではアホな旅に行かされること必至である。ここはひとつ皇后陛下や内親王殿下にとりなしていただくしかないであろう。

 で、徐福くんは結局アホな旅に行かされて「帰らぬ人」となってしまう。めでたしめでたし(?)

 以下は1923年9月23日にクロウリーが行ったタロット占術の記録である。

 「31−666−31アロストリール個人的運勢。棒の9と剣の4に挟まれた剣の女王。健康、エネルギー増加、幸福、平和、幸運。皇帝と戦車まで数えてみる。万事成功、影響力の増大」(『アレイスター・クロウリーの魔術日記』255頁)

 ちなみにクロウリーは毎日の占いには易経を用いており、さらには『法の書』をランダムに開いて指先にとまった字句を解釈するビブリオマンシーも行っていた。タロットを手にすることは比較的珍しいのである。

 スキップカウント法は、元来は“Opening of the Key”で用いられるものである。同法はあまりに複雑怪奇であるため実行者が少なく、ゆえにスキップカウントもそれほど普及していない。5枚読みは比較的簡単であるから、これを通じてスキップカウントを習得するとよいであろう。


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