ペンタクルの9

葡萄がたわわに実るマナー・ハウスの庭園にて、手首に鳥を乗せてたたずむ女性。それは広大な領地であり、あらゆるものが潤沢にある模様。おそらくは女性自身の所領であり、物質的幸福をあらわしている。

カードの意味: 熟慮、安全、成功、達成、確信、眼識。
逆位置: 悪行、欺瞞、企画倒れ、悪しき思い込み。

-- A.E.Waite The Pictorial Key to the Tarot (Rider, London: 1910), p.264.

このカードに描かれている鳥はただの鳥ではなく、鷹狩りに用いられる小型の猛禽である。女性の左手の篭手、および鳥がかぶっているフードによってそれが判明する。ヨーロッパにあっては鷹狩は貴族の娯楽であり、それは金のかかるスポーツであった。とりあえず参考図版として数例を出しておく。

左手拡大図 17世紀当時の鷹匠
鷹用のフード トラッポラ 杯の8


 鷹と貴婦人という組み合わせは画題としてもポピュラーなものであった。オトリー・コレクションに収録されたトラッポラにも同様の例を見てとれる。一例として杯の8を見られたし。

 ペンタクルの9は当然ながら地のエレメントを強調している。画面左にある6個のペンタクルの配置は地占術象徴のアミッシオ(地)であり、地面に這うカタツムリは鈍重なる地的歩みをあらわしている。

 なおRWSにせよトラッポラにせよ、女性が手に留まらせている鷹は鳩ほどのサイズしかない。実在の猛禽でいえば、これは和名コチョウゲンポウ Falco columbarius aesalon であると思われる。そしてこの鳥の英名が merlin である点を考えれば、少なくともRWSの場合、かの魔術師マーリンとの言葉遊びを想定してもおかしくはないであろう。すなわちマーリンに目隠しをして我が物としている貴婦人はかのモルガン・ルフェイかもしれない。

 また女性のドレスには金星のマークが描きこまれており、地上のヴィーナスをあらわしているともいえる。こうなるとわれわれはタンホイザーの物語を想起せざるをえない。すなわち官能によって騎士を惑わす女神である。これはモルガン・ルフェイと共通する要素といえようか。

 そして同じ9の札である「剣の9」が秘儀参入の過程である「魂の暗い夜」を表現しているとすれば、「ペンタクルの9」もやはり秘儀参入の過程にして障害を表現していると見てもよいであろう。すなわち物質的豊かさや官能に心奪われ、志を失う参入者の図である。ペンタクルの9では、小なりといえども猛禽であるマーリンがフードをかぶせられ、荒野ならぬ庭園にて貴婦人に可愛がられ、安穏としているからである。

 



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