太陽の象徴


タロットの象徴群がなにを基本としているのか、あるいは基本があるのか。あるとすればその基本は長年守られてきたのか、途中で改変されたのか。そのあたりを考察するにあたり、もっとも貴重な例となるのが「太陽」である。今回は歴史的に重要な「太陽」を4点俎上にあげてみたい。

1 グランゴヌール 糸巻き棒を持つ女性。
2 マルセイユ 低い壁ないし塀に囲まれた場所で遊ぶ二人の子供。
3 ヴィーヴィル 旗を持ち馬に乗る子供
4 パリ  猿(?)が持つ鏡を覗き込む若い女性。

Gringonneur Marseille Vievlille Paris


上に紹介した4点はすべて太陽以外に共通のテーマを有している。すなわちこの4枚に見られる描写はどれも「マリアン・シンボル」の一環なのである。

ヨーロッパ中世後期のキリスト教信仰がマリア崇拝を基調としている点に異論はないであろう。美麗なる時祷書とロザリオに代表される聖母信仰は、当時の婦女子の没入系娯楽と称してもかまわないものであった。1475年頃に成立したロザリオ会は女性平信徒を中心に爆発的流行となり、それ自体ひとつの産業にして市場といえた。そしてマリア崇拝を中心に据えた福音と象徴体系の構築が事実上進行していたのである。すなわちイエスの生涯をマリアの視点から眺めるというロザリオ十五玄義があり、またソロモンの雅歌から導き出す数々のマリアン・シンボルがある。マリアン・シンボルは二系統存在するため、ともすると混乱し、また見落とされがちだったのた。

Lotto Immaculate Conception


上は系統別マリアン・シンボル図の例として挙げてみた。左のロットはロザリオ十五玄義図であり、背後の15円内にイエスの生涯が描かれている。右は17世紀半ばの「無原罪懐胎図」であり、周囲には月、太陽、泉、鏡等が配されている。

それではグランゴヌールの糸巻き棒から点検していこう。マリア伝承の原点ともいうべき外典「原ヤコブ福音書」では受胎告知の際にマリアが紫の糸を紡いでいたとする記述があり、以来この道具はマリアの象徴として用いられている。糸巻き棒はタロ・ド・パリの「月」にも顔を出しているため、「太陽」との混乱を指摘する向きもある。しかし月も太陽もマリアン・シンボルである以上、糸巻き棒がどちらに登場しても問題ないのである。

マルセイユの二児は明らかにイエスとヨハネである。背後の低い塀は「閉ざされた庭」を表している。参考例として15世紀半ばの聖家族図を出しておく。

この種の図からマリアを外して太陽を書き込んだもの、それがマルセイユのXIXと思って間違いない。

ヴィーヴイルの「旗を持ち馬に乗る子供」は雅歌に由来する描写である。すなわち「このしののめのように見え、月のように美しく、太陽のように輝き、恐るべき事、旗を立てた軍勢のような者はだれか」(雅6.10)

タロ・ド・パリの「太陽」の場合、まず鏡は外典「ソロモンの知恵」にある「くもりなき鏡」、マリアン・シンボルの代表格である。それを掲げている猿はサタン・モンキーと呼ばれるもので、中世後期の「閉ざされた庭」図に登場する絵画的約束であった。また気づかれにくいが、女性の背後にある花をつけた棍棒も有力なマリアン・シンボルである。マリアは随分と年長のヨセフと結婚することになるのだが、このカップリングは神意によって決定された。神のお告げで国中の独身男性は棒を持って集合することになった。その棒に花が咲いた男がマリアを娶るというエピソードが「原ヤコブ福音書」に記されている。下は15世紀初頭の細密画。数々のマリアン・シンボルが描き込まれている。

closed garden detail


本稿は「太陽」を考察することをメインとしているため、これ以上の言及は避けるが、マリアン・シンボルのなかには「塔」も含まれる。これも雅歌に由来する象徴であり、いわく「あなたの首は武器倉のために建てたダビデのやぐらのようだ」(雅4.4)。この「やぐら」は英語なら tower である。そして15世紀末から16世紀初頭にかけての無原罪懐胎図のなかには、マリアの周囲に15の象徴を並べていくものがある。時計周りにみていくと、塔、星、月、太陽、という順番に進むのであり、その先には聖母戴冠図が描かれているのだ。また、雅歌に登場する植物が21種、動物が15種といった3の倍数関連も注目に値する要素といえる。


戻る