SYMPNEUMATA or Evolutionary Forces now active in Man

edited by Laurence Oliphant


奇書の名をほしいままにしてきた一冊といってよいか。小生がこの書物の存在を知るに至ったきっかけはメイトランドが著したアンナ・キングスフォード伝にあった。

かの女預言者の生涯をまとめた大冊のなかに、ローレンス・オリファントはほぼ悪役扱いで登場してくる。メイトランドとキングスフォードのもとに押しかけては奇怪な思想を説き、いやな顔をされてもしつこくやってくる厚顔な男といった様子である。やがてオリファントが『シンニュマタ、或いは人のうちに働く進化の力』を発表したとき、メイトランドはさまざまな紙面で痛烈に批評してやったとのこと。はじめてこのくだりを読んだ頃の小生は、ここに登場するオリファントが高輪の東禅寺で水戸浪士に斬られた英国公使館一等書記官ローレンス・オリファントその人であるとは知らなかった。別ルートでオリファント著『エルギン卿遣日使節録』を読み、著者紹介の項で「後にハリスの宗派に心酔し」という記述を目にしてはたと膝を打った次第である。

トマス・レイク・ハリスとローレンス・オリファントの関係は短い紙面では到底語りつくせるものではない。とりあえず知っておくべきは――ビクトリア朝の大旅行家にして敏腕ジャーナリストにして社交界の寵児であったオリファントが、アメリカの奇怪な預言者にして詩人トマス・レイク・ハリス率いるカルト教団にはまり、母親とともに入信して共同体に参加、さらには新婚の妻アリスをも教団に引き入れてしまう。やがてオリファントはハリスの強欲ぶりに愛想が尽きたとして教団から離反、そこで社会復帰するかと思えばさにあらず、ハリス流の性愛哲学をさらに具体的に推し進めたカルト共同体をパレスチナにて展開していくのである。その性愛哲学の中核をなすのが『シンニュマタ』であり、さらにこの書物が執筆されたプロセスも一種心霊術的雰囲気にあふれている。ヘンダーソンのオリファント伝にいわく

1882年、オリファントは脳内にて書物が形をとりつつあることに気づいたが、いかなる性質の書なのかはっきりとはわかならなかった。そこで霊感を信じることにし、席についてペンを握ったのだが、二段落も書かないうちに頭のなかが真っ白になってしまった。あれほどの健筆家にとって、さぞや異常な体験だったにちがいない! その場にはアリスも同席していたので、書いたばかりの文章を読んできかせて、うまいことしめくくってくれないかと頼んでみた。「すると、彼女は一瞬のためらいもなく、苦もなくやってのけたのであった」。次のパラグラフでも同じことが起きたので、どうやらこの書物はきみが書くことになっているらしいと、オリファントは妻に言ったのである。そこでアリスが口述し、オリファントが筆記するという次第になった。アリスは「ゆっくりとだが、ためらいも訂正もなく」語っていったという。翌日、オリファントは妻に向かって、仕事が山積しているので例の書物はきみひとりでやってくれと頼んだ。しかし妻は夫に筆記をお願いしてやまなかった。自分ひとりの力ではできないという。オリファントの話では、心をまったくの空白にしておかないとこの作業ができなかった。雑念がわくとアリスが口述をやめてしまうのである。このようにして夫妻は『シンニュマタ、或いはひとのうちに働く進化の力』を執筆したのであった。
Philip Henderson The Life of Laurence Oliphant (London; Robert Hale, 1956), p.237.

すなわち19世紀オカルティズムの随所に見られる男女ペアによる異界通信の一形式といえるであろう。「シンニュマタ」とは「ともに呼吸する」 breathing together の意であり、オリファント夫妻が熱心に普及を図った秘密儀式の極意を表している。その目的は配偶者ないしパートナーのなかに天上の相対天使を呼び込むというものであり、実践に際しては男女が同衾して相対抱擁し、具体的および想像的に呼吸を合わせて法悦に達するという形式が採用されていた。オリファント夫妻がパレスチナに設けた共同体では、地元のアラブ人男性に対してアリス夫人自らが「シンニュマタ」を実技指導していたという。当然、女性信者はオリファントが対応していたのであろう。容姿端麗にして当時三十代半ばのアリス夫人による「シンニュマタ」は大いに人気を博したとされている。

しかしアリス夫人も1886年に病に倒れ帰らぬ人となり、オリファントも1888年には他界する。かの秘儀「シンニュマタ」はそのまま失伝したのか、それともひそかに継承した人物がいたのか。そのあたりを追求してみたく思う。



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