☆ 放浪者タロットの「愚者」は「放浪者」です。

 犬を友、知恵を杖として世間を渡ります。

 背負う頭陀袋にはあらゆる「手口」がつめこまれています。
 


 シェリダン・レ・ファニュの名作『吸血鬼カーミラ』に、よいサンプルが登場します。

 「ある日、カーミラとわたしが客間の出窓から外を眺めていますと、男が橋を渡って中庭に入ってきました。それはなじみの旅芸人で、年に二度ほどお城にやってくるのです。

 ひどいせむし男で、黒いひげを生やし、にたりと笑うと口が耳まで裂けて、八重歯が剥き出しになります。赤と黒の革服を着て、腰回りにはやたらと紐や帯をぶらさげ、背中には幻燈機と箱を背負っています。箱はふたつあって、片方に剥製のサンショウウオ、もう片方にマンドラゴラの干したのが入っています……二弦琴もあれば、手品のタネを入れた箱もあります。帯には剣が吊ってあるかと思えば、いろんなお面も下がっていて、ほかにも得体の知れないものがぶらぶらしています。手には銅の輪を仕込んだ黒い杖をついています。お供に連れているのは大きな痩せ犬です。それがのこのこついてきて、橋のところでちょっと立ち止まると、しばらく悲しい声でわんわん吠えていました」



 この旅芸人はカーミラとナレーターのまえであれこれ芸を披露したあと、さらなる商売を展開します。

 「さてお嬢様方、魔よけのお札はいかがかな。人のうわさに聞くならば、在所の森には狼ならず、人の生き血をすする魔物が出るそうな。あちらこちらで弔い沙汰、さればお札の出番じゃよ。これさえあれば鬼に金棒、このお札をこうして枕にピンで留めるだけ。まさに枕を高くして眠れるというものじゃ」

 そのお札というのは細長い羊皮紙の切れ端で、なにやら呪文と記号が書いてありました。


 歌舞音曲、お笑い、あやしげな薬、まじない札。あらゆるものを手がける旅芸人の姿が描かれています。魔法や占いの継承する者としては、一方にフィチーノやディーやフラッドがいて、もう一方に名もなき放浪芸人たちがいたわけです。アグリッパはその中間といってよいでしょう。

 近代魔術はこういった放浪者系まじない術と一線を画すべく苦労してきたわけですが、相手を「クワック」と罵るだけでは五十歩百歩と申せましょう。



カードの意味 : さまざまな放浪。いろんな放浪。とにかく放浪。すべて放浪。なにもかも放浪。とりあえず放浪。どこまでも放浪。

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